まちのプロフィール
利尻富士町は、日本の最北端稚内より52qの海をへだてて、東経141度14分、北緯45度10分、日本海の北方に浮かぶ利尻島の東側を占める、秀峰利尻山(1,721m)の麓、105.66ku(利尻島の59%)の面積を有する漁業と観光を中心としたまちです。
気候は沿岸一帯を流れる対馬暖流によって受ける影響が極めて大きく、温暖で四季を通じての最高気温は29度、最低でも零下15度以下になることは極めてまれで、夏は涼しく冬は積雪も少なく恵まれてはいますが、季節風が他地域にみられないほど強く、典型的な北方離島特有の自然条件といえます。
利尻島の歴史にも由来する本町は、昭和55年に開基100年を経過した由緒ある町ですが、1590年松前慶広が豊臣秀吉より蝦夷島主の待遇を受けて蝦夷島の支配権を確立し、蝦夷地を治めた頃はアイヌの人たちが居住しているに過ぎなかったと言われています。(詳しくは利尻富士町の歴史のページに掲載)
明治9年、鴛泊・本泊・沓形・鬼脇・石崎・仙法志の6ヵ村を統轄して宗谷に区務所が置かれ、鴛泊に戸長事務取扱所を置いたのが利尻島自治行政の始まりとなっており、明治13年(1880年)に利尻郡各村戸長役場を鴛泊に設置され、人口862人、戸数91戸とこのころから鰊・昆布を中心とした漁業が盛んになりました。
昭和25年(1950年)には道立自然公園に指定され、このころから観光客が増え始めます。昭和31年に鴛泊村と鬼脇村が合併し東利尻村が誕生しましたが、この年から鰊漁業が皆無状態となり沖合漁業への転換が行われるようになりました。昭和34年に町制が施行され、昭和40年7月に利尻・礼文・サロベツ国定公園に指定されてから、夢の浮島、日本最北端の離島観光地として全国の注目を浴び、観光客も急激に増加をみるようになりました。
昭和55年(1980年)に開基100年を迎え、平成2年(1990年)9月30日に町名を「利尻富士町」に改称、以後、漁業の発展や観光振興、福祉・介護サービス、温泉の発掘、利尻空港のジェット化、下水道事業に力を注いできました。また、平成15年からは、健康と癒しの公園、アメニティーパーク(都市公園)の整備に着手し、平成16年には「利尻島ファミリーキャンプ場ゆ〜に」、平成17年には温泉余水を活用した温泉プール「湯泳館」が完成し、多くの人に親しまれています。 |
| まちの木 |
まちの花 |
まちの鳥 |

エゾマツ |

ナナカマド |

リシリヒナゲシ |

リシリコマドリ |
| 人口 |
3,045人(1,402世帯)平成19年3月末現在 |
| 高齢化率 |
34.8% |
| 観光客の入込数 |
210,000人 |
| 見どころ |
姫沼、オタドマリ沼、甘露泉水、野塚展望台など |
| 祭り・イベント |
北海島祭り(8/2〜4)、利尻島一周悠遊覧人g、利尻島一周ふれあいサイクリングなど |
| 特産品 |
リシリコンブ、ウニなど |
| 主な公共施設 |
利尻空港、フェリーターミナル、利尻富士温泉保養施設、利尻富士温泉プール「湯泳館(ゆうえいかん)」、利尻島ファミリーキャンプ場「ゆ〜に」、利尻島郷土資料館、カルチャーセンター・りっぷ館、パークゴルフ場、総合交流促進施設「北のしーま」、サイクリングロードなど |
| 主な民間施設 |
銀行、ハイヤー、ホテル・旅館、コンビニエンスストア(2軒)、ホームセンター(2軒)など |
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